2009年10月6日火曜日
小児 血球貪食性リンパ組織球症について
血球貪食性リンパ組織球症(けっきゅうどんしょくせいりんぱそしききゅうしょう)
Hemophagocytic lymphohistiocytosis
執筆者: 神薗淳司
目次1.概要
2.病因
3.治療に必要な検査と診断
4.治療の実際
5.専門医に紹介するタイミング
6.HLHを見逃さないために
7.参考文献
概要 血球貪食性リンパ組織球症HLH (Hemophagocytic lymphohistiocytosis)の最も典型的な臨床症状は、持続する発熱、肝脾腫、と血球減少である。小児の持続する発熱の鑑別診断として見逃せない危急疾患である。
HLHは原発性HLH(家族性HLH;FHL)と二次性HLHに分類され、前者のFHLは、常染色体劣性遺伝の疾患で近年様々な細胞障害性顆粒に関わる責任遺伝子が相次いで同定された。その細胞傷害機能異常と臨床像が明らかにされつつある。EBウイルスに代表されるウイルス感染や悪性腫瘍、膠原病、代謝疾患に合併して発症する二次性HLHとの鑑別は、臨床検査成績や治療経過だけでは困難な場合が多い。
FHLに対して国際治療研究プロトコールHLH-94が作成され、治療成績の向上が認められるようになった。また2004年より新しい治療研究HLH-2004が開始されている。2006年、本邦では日本小児白血病・リンパ腫研究グループ(JPLSG)HLH委員会によりHLH2004の治療研究が開始された。遺伝子異常や細胞障害活性に基づく病型ごとの治療成績や本邦で頻度の高いEBV-HLHに対する重症度分類や治療効果判定基準の作成を目指した付随研究が開始され、その結果が待たれるところである。
病因[病因と病態生理]
HLHの病態の本体は、何らかの原因によりT細胞の異常活性化が持続し、制御不能な高サイトカイン血症に陥ることである。この”cytokine storm”が様々な臨床症状の原因となっている。まず活性化したT細胞やNK細胞は、interferonγとTumor necrosis factorα産生し、Mφからmonokine産生を誘導する。過剰に産生されたIL2Rや先に述べたinterferonγとTumor necrosis factorαが直接組織球を活性化し血液貪食を促す。
通常、ウイルス感染の場合、ウイルス感染細胞が動員されるこのT細胞(CTL)やNK細胞のtargetとなり破壊されると、新たなウイルスの供給が途絶え、一連の免疫反応が沈静化する。さらにT細胞(CTL)やNK細胞自身も、通常アポトーシスに陥り死滅する。一部のT細胞はmemoryT細胞として残存し免疫能を記憶・維持に働く。
しかし、HLHでは細胞障害性顆粒の産生、搬送、分泌過程に遺伝子異常を持った結果、細胞傷害性T細胞、NK細胞機能低下を特徴とする。ウイルス感染細胞を効率よく排除できないため、その結果Mφや活性化T細胞の過剰な反応が持続することとなる。このactivated-induced cell death機構の破綻がHLHの本体である。現時点で遺伝子異常が判明したものや家族性の明らかな症例をFHLとし、それ以外の分子機構の機能障害や機能低下によるものを二次性HLHとして区別している。
最近、小児科、内科、病理、基礎医学者からなるHLH研究グループが組織され、2000-2004年の5年間の本邦での発症頻度とその概要に関する全国アンケート調査が行われた。799例の登録症例中、15歳以下が53%と過半数を占めた。ウイルス関連HLHが約40%を占め、そのほとんどが小児科医からの報告であった。2番目に占めるのがリンパ腫関連HLHで全て内科医からの報告である。FHL症例は全体の4.1%であった。HLHの発症頻度は、推定であるが全国で年間300例程度が発症していると考えられている。FHLの頻度は出生5万人に1人と見積もられている。
治療に必要な検査と診断表1)に血球貪食を惹き起こす疾患を列記した。後述する治療方針の決定のために、様々な感染症、膠原病、悪性腫瘍を基礎疾患として発症する二次性HLHと遺伝的背景をもつFHLを鑑別していく必要がある。The 2nd international HLH study, 2004で示された“診断ガイドライン”を表2)に示した。しかし、FHLはたとえ発症時に感染症を証明できた場合でも、遺伝子異常の検索を行わない限り二次性HLHから鑑別することは不可能である。
(表1.血球貪食を示す疾患)
(表2.HLH2004: HLH診断ガイドライン)
HLHは、”cytokine storm”がその臨床症状の主体であるため、常に多臓器不全(MOF)に進展する可能性がある危急疾患である。一般小児、特に乳幼児の持続する発熱を主訴に来院する患者には、鑑別疾患として挙げておく必要がある。肝腫大、脾腫、表在リンパ節腫大、皮膚所見(出血斑、黄疸、皮疹)や意識障害(痙攣、髄膜刺激症状)が、発熱児に存在する場合にはHLH診断に必要な血液検査を迅速に進めていく。小児の一般外来や救急外来で遭遇する場合を考え、この診断ガイドラインを参考に、HLH早期診断のための入院適応基準とスクリーニング検査項目を表3に示した。
(表3.HLH早期診断のための入院適応基準とスクリーニング検査項目)
治療の実際HLHの急性期治療戦略を表4に示した。輸血療法、抗DIC療法、抗高サイトカイン血症療法に対する治療がまず優先される。MOFへの進展を阻止すべく血漿交換や持続血液濾過透析(CHDF)をも視野に入れた戦略が急性期には要求される。呼吸、循環動態を速やかに評価し、迅速な対応が不可欠である。
本邦では、表4に示した国際プロトコールに準じて、JPLSG 日本小児白血病リンパ腫グループHLH委員会(代表:愛媛大学小児科 石井榮一先生)HLH2004治療研究が開始される。
(表4.HLHに対する急性期治療の実際)
治療の概略を図1に示した。全例登録制を採用し、とくに登録適格基準(表2)を満たす症例に対し、共通した初期治療8週間の治療効果と既知の遺伝子異常のあるFHLを鑑別し、必要な同種移植を計画することを基本方針としている。
(図1.JPLSG HLH2004治療の概要)
発熱や血球減少の程度、DICの程度が軽度で、全身状態が保たれている場合(診断基準は満たさない)は軽症例として、経過観察もしくはステロイド(PSL1-2 mg/kg/day)やγ-グロブリン療法単独療法などをまず選択すべきである。軽症例への治療反応は適時効果判定を繰り返し、反応が乏しい場合や進行例には上記のHLH2004に則った治療選択が必須となる。
しかし、HLH2004治療プロトコールを施行するにあたり注意すべき点がある。好中球減少時にエトポシド(VP16)を併用しさらに骨髄抑制を進行させるため、二次感染症の発症には充分注意を払う必要がある。EBV-HLHに代表されるように初診時から著しい骨髄抑制を示している症例には、デキサメサゾン(DEX)とシクロスポリン(CyA)で治療を開始すべきである。HLH94ではCyAが初期治療8週間には組み込まれてなかった。しかしHLH2004 では初期相8週間にCyA投与がDEXとVP16と併用されるようになった。EBV-HLHに代表されるような二次性HLH症例の場合、VP16を必要としない症例が散見される。JPLSG HLH2004では、担当医判断でDEXとCyAの2剤での治療開始を許容されているが、反応性に関わらず遺伝子異常が判明すればプロトコールに従いVP16を速やかに開始し、同種移植の必要性を考慮する。
さらにJPLSG HLH2004では、本邦で頻度の高いEBV-HLH症例の重症度分類、治療効果判定基準を探るために、EBV定量検査、クロナリティー解析検査(T細胞クロナリティー、TRクロナリティー、染色体検査)が開始される。
一方、新生児・乳児期には致死的なHLHが存在する。乳児adenovirus7肺炎によるHLH、新生児HSV(HSV1,2)-HLH、enterovirus(coxackievirusB3B5,echovirus2)-HLHの死亡率は極めて高い。より早期の診断と病態把握が必須となる。また新生児期に判明する代謝性疾患や原発性免疫不全症はHLH様症状を呈して発症する場合もある。周産期から新生児期に発症しFHLとの鑑別を要する二次性HLHを表5 2)に列挙した。基礎疾患は多岐にわたるため、慎重に治療を選択すべきである。一般にCMVに対するganciclovir, HSVに対するaciclovir投与、大量γ-グロブリン療法、DEX、CyAが選択される。FHLには、VP16投与を含む治療が必須となる。
(表5.FHLとの鑑別を要する周産期から新生児期のHLH)
専門医に紹介するタイミングHLHの診断基準を満たし、初期治療(ステロイドやγ-グロブリン)に反応しない場合には、専門医(小児血液腫瘍専門)が在籍する施設への搬送を考える。開始されるJPLSG HLH2004治療プロトコールは、JPLSG認定施設(日本血液学会専門医の在籍が絶対条件)による登録ならびに診断・治療がなされることとなる。記載したプロトコールの登録外での施行は絶対に避ける。本邦でのHLHの診断と治療の問題点を明らかにするために開始される治療研究への妨げになるからである。
HLHを見逃さないために小児科医は、細菌性髄膜炎、激症型心筋炎、敗血症、脳炎・脳症をはじめ、発熱を呈する危急疾患としてHLHを常に認識し診療にあたる姿勢が望まれる。見逃さないためには、遷延する発熱(38.5℃以上)児の診療時のFirst Impressionは非常に重要である。
HLH患児の初診時所見は、Pediatric assessment triangle(PAT)を構成するAppearance(A)、Work of Breathing(B)、Circulation(C)の初期観察でいずれも“異常”と判断され、極めて“緊急性が高い” 敗血症性shock状態と判断されるであろう。年齢・月齢に応じた呼吸数増加、心拍数増加、末梢循環不全の徴候を見逃さない対応が常日頃から望まれ、早期発見と適切な治療開始がHLHの予後を左右する。さらに緊急時検査において血球減少のみならずAST有意のtransaminase上昇とLDH上昇、Fibrinogen低値、FDP-D-dimerの出現など、血液凝固検査を含めた把握が必須となる。不明熱患者が示す”cytokine storm”の臨床所見と検査所見を見逃さない視点は常に欠かせない。
参考文献1)James W.Verbsky : Hemophagocytic lymphohistiocytosis: Diagnosis, pathphysiology, treatment, and future perspectives, Annals of medicine. 2006;38:20-31
2)今宿晋作ほか:周産期から新生児期における小児血球貪食症候群の鑑別診断と治療指針. 血液・腫瘍科 2006;52:298-304
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